「健康って何ですか?」
そう聞かれると、「病気がないこと」「身体が元気なこと」と答える人も多いのではないでしょうか。
実は、健康という言葉には、かなり奥深い意味があります。
WHO(世界保健機関)は1948年に、健康を「完全な身体的・精神的・社会的に良好な状態」とする考え方を示しました。これは、それまでの「病気がないこと=健康」という考え方から、身体だけでなく心や社会生活まで含めて健康を考える、大きな転換でした。
ただ、この「完全に良好な状態」という考え方には、一つ疑問も出てきます。
「そんな状態、ずっと続くんやろか?」
実際の生活では、腰が痛くなることもあります。
仕事が忙しくて疲れることもあります。
メンタル的にしんどくなることもあります。
人間関係で悩むこともあります。
それでも、その状態と付き合いながら生活し、自分なりに健康を保っていくことはできます。
そこで注目されたのが、2011年にMachteld Huber氏らがBMJで提案した、健康を「社会的・身体的・感情的な課題に直面した際に、適応し、自ら管理する能力」と捉える考え方です。
今回は、この2つの健康の考え方を比較しながら、「健康とは何なのか」を考えてみます。
社長が健康じゃないと健康経営はできない?経営者こそ健康を大切にしたい理由
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WHOが示した「完全な健康」という考え方
まず、現在も広く知られているのがWHOの健康の定義です。
1948年にWHO憲章で示された健康の定義では、健康を単に病気や虚弱ではない状態とするのではなく、身体的・精神的・社会的に良好な状態と捉えています。
これは当時としては、とても画期的な考え方でした。
それまで健康というと、「病気になっていない」「身体に異常がない」
というように、病気の有無を中心に考えられることが多かったからです。
WHOの考え方では、身体だけではなく「心」や「社会生活」も健康の一部として考えます。
たとえば身体に病気がなくても、強い不安や孤独を抱えていたり、社会とのつながりを失っていたりすれば、「健康」と言い切れるのだろうか。
そう考えると、健康を身体だけで判断するのは少し違うように感じます。
一方で、この定義には以前から議論もあります。
「完全な身体的・精神的・社会的に良好な状態」と考えると、慢性的な病気を抱えながら生活している人や、年齢とともに身体機能が変化した人は、健康ではないことになってしまうのでしょうか。
現実の社会では、病気や障害を抱えながらも、自分らしく生活している人はたくさんいます。
ここから、「健康をもっと動的なものとして考えた方がいいのではないか」という議論が生まれてきました。

「健康=問題がない」ではなく「問題があっても適応できる」という考え方
そこで注目したいのが、Machteld Huber氏らが2011年にBMJで発表した「How should we define health?」という論文です。
この論文では、慢性疾患を抱える人が増える中で、「完全な健康」という定義は現実に合わなくなっているのではないかと問題提起しています。
そして、健康を考える際に、
「社会的・身体的・感情的な課題に直面した際に、適応し、自ら管理する能力」
という方向へ重点を移すことを提案しました。
これは、健康を「状態」だけではなく、能力や過程として捉える考え方です。
たとえば、腰痛があるとします。
WHOの定義を単純に当てはめれば、「身体的に完全な状態ではない」と考えることになります。
しかし、腰痛があっても、
「自分はどんな時に痛くなるのか」を理解する。
仕事中の姿勢を調整する。
必要な運動をする。
休む時はしっかり休む。
必要なら医療機関へ相談する。
こうして腰痛とうまく付き合いながら、仕事や生活を続けている人もいます。
この場合、「腰痛があるから不健康」と単純に決めるより、
「腰痛があっても、自分の状態を理解して生活をコントロールできている」
と考える方が、現実の健康に近いのではないでしょうか。
これはメンタルヘルスでも同じです。
仕事でストレスを感じること自体は、誰にでも起こり得ます。
重要なのは、「ストレスを一切感じないこと」だけではありません。
自分が疲れていることに気づける。
休むことができる。
誰かに相談できる。
環境を変える必要があれば行動できる。
必要に応じて専門家につながる。
こうした力も、健康を維持するためには重要になります。

健康は「自分だけで何とかする」という意味ではない
ここで、一つ注意したいことがあります。
「自分で健康を管理する能力」と聞くと、「健康になれないのは本人の努力不足」という話に聞こえてしまうかもしれません。しかし、そういう意味ではありません。人が健康に生活できるかどうかは、本人の意思だけでは決まりません。
働く環境。
収入。
教育。
人間関係。
住んでいる地域。
利用できる医療や福祉。
こうした社会的な環境も健康に影響します。
健康を自分で管理する能力を高めようとしても、長時間労働で運動する時間がない、相談できる人がいない、経済的な理由で必要なサービスを利用できない、といった状況では難しくなります。
実際、ヘルスプロモーションの考え方でも、個人の能力を高めるだけではなく、健康を支える環境を整えることが重要とされています。つまり、
個人の力と環境の力の両方が必要です。
これは健康経営にもつながる考え方です。
社員に「運動してください」「食生活を改善してください」と伝えるだけでは、なかなか健康づくりは続きません。
仕事が忙しくて運動する時間がないのであれば、会社として時間の使い方を見直す。
健康について学ぶ機会がなければ、健康教育を行う。
身体への負担が大きい仕事であれば、作業方法や環境を見直す。
相談しにくい職場であれば、相談できる仕組みをつくる。
社員が自分の健康を管理しやすい環境を会社側がつくることも、健康経営の重要な役割です。
では「健康」とは何なのか?
ここまでの話を整理すると、健康を一つの状態だけで判断するのは難しいことが分かります。
病気がない。
身体が痛くない。
ストレスがない。
人間関係に問題がない。
もちろん、こうした状態は理想的です。でも、人間が生活していれば、何らかの問題や変化は起こります。
そこで大切になるのが、「問題が起こらないこと」ではなく、「問題が起きた時にどう対応できるか」という視点です。
腰が痛くなった。でも、自分の身体の状態を理解して、必要なケアを行える。
仕事でストレスがたまった。でも、自分の状態に気づいて、休んだり相談したりできる。
身体機能が以前より落ちた。でも、それに合わせて生活や運動方法を変えられる。
こうした「適応する力」「自分で管理する力」を健康の一部として考えると、健康の捉え方が大きく変わります。
そして、この考え方は「健康な人」と「病気の人」を明確に分けるのではなく、健康と病気を連続的に捉える考え方とも相性が良いものです。だからこそ、健康づくりでは「100点の健康」を目指す必要はありません。
今の自分の状態を知る。
できることを考える。
必要な支援を受ける。
環境を少し変える。
その時々の状態に合わせて、自分らしく生活できるようにしていく。
それも健康の一つの形なのではないでしょうか。
企業においても、社員全員を「病気のない状態」にすることはできません。
しかし、社員が自分の健康状態に気づき、必要な行動を選びやすい環境をつくることはできます。
健康教育を行う。
身体を動かす機会をつくる。
相談できる環境を整える。
職場の負担を見直す。
こうした取り組みを通して、社員が自分の健康を「自分ごと」として考えられるようにする。
それが、これからの健康経営にも求められる視点だと思います。

まとめ
健康というと、「病気がないこと」と考えがちです。
しかしWHOは1948年に、身体的・精神的・社会的に良好な状態という、より広い健康の定義を示しました。
さらに2011年には、Machteld Huber氏らが、健康を「社会的・身体的・感情的な課題に直面した際に、適応し、自ら管理する能力」という方向から捉える考え方を提案しました。
この考え方からすると、腰痛があるから不健康、ストレスがあるから不健康、と単純に判断する必要はありません。
大切なのは、
自分の状態を知ること
必要な時に対処できること
環境を含めて健康を整えていくこと
なのかもしれません。
「健康であるためには、何も問題がない状態にならなければいけない」
そう考えると、健康づくりはとても難しいものになります。
一方で、
「問題があっても、それとうまく付き合いながら、自分らしく生活できる」と考えれば、健康はもっと身近なものになります。
健康経営でも、社員を「病気にしない」ことだけを目標にするのではなく、社員自身が健康について考え、必要な時に行動できる環境をつくる。
そんな視点を持つことが大切ではないでしょうか。
参考リンク
How should we define health?|The BMJ
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