いよいよ2026年度の認定結果が発表され、安堵している担当者様も多いでしょう。しかし認定はゴールではなく、採用と定着を強化するためのスタートラインです。理学療法士の視点から、データを生きた経営戦略に変える具体的な方法をお伝えします。
目次
1.2026年健康経営優良法人の認定結果とこれからのトレンド
2.製造業と建築業が半数。現場の身体負荷が引き起こす経営リスク
3.ストレスチェック義務化の波。形だけでなく中身を作る医学的アプローチ
4.認定維持は通過点。採用と定着による人材確保で最高の組織を作る
1.2026年健康経営優良法人の認定結果とこれからのトレンド
2026年度の健康経営優良法人の認定結果が正式に発表されました。日々の業務と並行して膨大な申請作業を乗り越えられた企業の皆様、本当にお疲れ様でした。まずは今年のデータから、これからの健康経営が向かう方向性を読み解いていきましょう。
今年度の中小規模法人部門の認定数は23,085社となりました。昨年の19,828社から3,257社の増加となり、伸び率としては16.43%増という結果です。特筆すべきは、今年度の申請法人が23,485社であったため、認定率が約98%という驚異的な数字に達していることです。
一方、大規模法人部門の認定数は3,396社でした。昨年の3,052社から344社の増加で、11.27%増となっています。こちらの申請数は4,175法人で、認定率は約81%でした。両部門を合わせた合計は26,481社となり、昨年の22,880社から3,601社増加、全体で15.74%増という結果に着地しました。
これまで毎年15%から20%程度の高い増加率で推移してきたことを考えると、昨年に比べて今年は少し抑えめの伸び率に見えるかもしれません。これは今年度から新たに認定項目が追加され、評価のハードルが一段と上がったことが要因として考えられます。制度そのものが成熟期に入り、ただ申請すれば通るフェーズから、実態を伴った質の高い取り組みが求められるフェーズへと完全に移行したと言えるでしょう。
しかし、そうした厳しい条件変更があった年にもかかわらず、中小企業部門で98%という圧倒的な認定率を記録した背景には、担当者様や経営者様の並々ならぬご尽力があります。社員の健康を守り抜くという強い意志と、日々の地道な活動の積み重ねが見事に実を結んだ証拠です。
私自身、健康経営EXアドバイザーとして直接サポートさせていただいた企業様は、無事に全社認定率100%を達成することができました。結果発表の直後、サポートした企業様に1社ずつご報告の声を掛けさせていただいたのですが、弾むような喜びの声や、深い安堵のため息を聞くことができ、私自身も胸が熱くなる思いでした。担当者様と一緒に悩み、現場の課題に向き合いながら歩んできた時間が報われた最高の瞬間です。
この高い認定率は、日本の中小企業が本気で変わり始めている兆しです。しかし、認定証を受け取った今だからこそ、もう一度足元を見つめ直す必要があります。健康経営の本来の目的を見失わないためにも、次に業界別のデータから現場のリアルな課題を深掘りしていきましょう。

2.製造業と建築業が半数。現場の身体負荷が引き起こす経営リスク
今回の中小規模法人部門の認定結果の中で、私が理学療法士として最も注目したデータがあります。それは、認定を受けた法人のうち、約50%を「製造業」と「建築業」が占めていたという事実です。
なぜ、この2つの業界の企業がこれほどまでに熱心に健康経営に取り組んでいるのでしょうか。それは、深刻な人手不足や従業員の高齢化という業界全体が抱える課題に加えて、日々の業務そのものがダイレクトに身体的負荷へ繋がり、それがそのまま経営リスクに直結してしまうからです。
製造業の工場ラインや建築現場では、長時間の立ち仕事、不自然な前傾姿勢、重い資材の運搬など、身体への過酷な負担が日常的に発生しています。これを単なる現場の疲れや、本人の体力の問題として自己責任で片付けてしまうのは非常に危険です。医学的なメカニズムの視点から見ると、これらの身体的負荷は組織の生産性を根底から削いでいく要因になります。
たとえば、現場での重労働や長時間の同一姿勢は、身体のバランスを崩し、反り腰や強い猫背といった不良姿勢を慢性化させます。この不良姿勢が定着すると、胸郭と呼ばれる肋骨の広がりが物理的に制限されてしまいます。胸郭が広がらないということは、呼吸が極端に浅くなるということです。
呼吸が浅くなると、体内に取り込める酸素の量が減少し、慢性的な酸素不足の状態に陥ります。脳への血流も阻害されるため、午後からの集中力が著しく持続困難になってしまうのです。オフィスワークであれば少しのミスで済むかもしれませんが、機械を操作する製造業や、高所作業を伴う建築業における集中力の欠如は、取り返しのつかない労災事故や深刻なヒューマンエラーを直接的に引き起こします。姿勢の崩れは、安全管理上の重大な欠陥に直結しているのです。

また、現場仕事だからといって十分な運動ができているかというと、そうではありません。特定の筋肉ばかりを酷使する偏った作業は、全身の血流を滞らせ、かえって全体的な代謝の低下を招きます。代謝が落ちれば疲労物質が抜けにくくなり、午後からの急激なスタミナ切れを引き起こします。身体的なゆとりがなくなれば、脳の余裕もなくなり、ちょっとしたトラブルに対するストレス耐性も低下してしまいます。現場の人間関係がギスギスしてしまう原因の一つに、こうした生理学的なスタミナ不足が隠れていることも珍しくありません。
だからこそ、こうした業界における健康経営の取り組みは、形だけのラジオ体操やポスター掲示で終わらせてはいけません。業務の合間にどの筋肉を伸ばすべきかという具体的なストレッチの導入や、身体への負担を減らすための作業導線の見直しなど、理学療法士の知見を活かした物理的なアプローチが不可欠です。身体のSOSのサインにいち早く寄り添い、その日の疲労を絶対に翌日に持ち越させない仕組みを作ることが、現場の安全と組織の生産性を守る最強の防衛策となります。

3.ストレスチェック義務化の波。形だけでなく中身を作る医学的アプローチ
身体的なアプローチに加えて、今後の健康経営において避けて通れないのがメンタルヘルスの領域です。ここで大きな転換点となる法改正の波が押し寄せています。
これまで従業員50人以上の事業場にのみ義務付けられていたストレスチェック制度ですが、従業員50人未満の小規模事業場においても実施が義務化される方向で議論が進んでおり、いよいよ本格的な施行が現実味を帯びてきました。
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12
この動きが意味することは非常に明確です。これからの時代、ストレスチェックを導入していること自体は、健康経営優良法人としての特別なアピールポイントにはならなくなります。どの企業も法律に従って当たり前に実施する最低基準のインフラになるからです。
そこで最も重要になってくるのが、実施したストレスチェックの結果をただの紙切れやデータで終わらせず、自社の組織改善にどう活かすかという中身作りです。多くの企業が陥りがちな失敗は、結果が悪かった従業員に対して「あなたはストレスが高いから気をつけてください」と通知して終わりにしてしまうことです。これは完全に自己責任への押し付けであり、根本的な解決にはなりません。
健康経営EXアドバイザーであり理学療法士でもある私の視点では、メンタルヘルスの数値は必ず身体的なメカニズムと結びつけて分析し、フィードバックを行う必要があります。
たとえば、強い心理的ストレス環境下に置かれた従業員の体の中では、自律神経の交感神経が常に優位な状態になります。すると、夜になっても脳の過覚醒状態が収まらず、睡眠の質が著しく阻害されます。十分な深い睡眠がとれないと、脳の疲労が回復しないまま翌朝を迎えることになります。
医学的な研究でも明らかになっていますが、睡眠不足による脳機能の低下は、酒気帯び状態と同等のパフォーマンス低下を引き起こします。当然、業務における判断ミスや反応速度の低下が多発するようになります。本人のやる気がないのではなく、脳が正常に機能できない状態に陥っているのです。
さらに、ストレスは食生活にも多大な影響を及ぼします。ストレスによる暴飲暴食や、帰宅が遅くなることによる就寝直前の食事摂取は、睡眠中に本来休ませるべき胃腸などの内臓を強制的に働かせ続けることになります。この内臓疲労が蓄積することで、さらに睡眠の質が阻害され、翌朝起きたときの強烈な重だるさへと繋がります。結果として午前中の活動量が極端に低下し、チーム全体の業務効率を大きく引き下げてしまうのです。
ストレスチェックの結果をもとに中身作りを行うとは、こうした原因と結果のロジックを会社側が正しく理解することです。なぜその不調が起きているのかという原因を提示し、社員個人の心の問題にするのではなく、業務量が適切か、睡眠を阻害するような深夜残業が常態化していないかという環境面にメスを入れる。納得感のある説明とともに、会社として睡眠や食事の改善に向けた具体的なサポート体制を構築する。
このように、心身のメカニズムに基づいた寄り添い重視のアプローチがあって初めて、ストレスチェックは組織を変えるための生きたデータとして機能し始めるのです。

4.認定維持は通過点。採用と定着による人材確保で最高の組織を作る
ここまで、認定結果のデータから見える業界の課題や、ストレスチェックを通じた中身作りの重要性について、理学療法士と健康経営EXアドバイザーの視点を交えて解説してきました。
今年度から認定項目の基準が厳しくなり、申請書類の作成から社内へのヒアリング、新しい施策の立案と実行まで、担当者様の労力は例年以上のものがあったはずです。その厳しいハードルを越えて見事認定を勝ち取った企業の皆様には、改めて心からの拍手を送りたいと思います。
しかし、私たちが本当に目指すべき最終目的地は、認定証という立派な額縁をオフィスの壁に飾ることではありません。中小企業において、健康経営を推進する真の目的はどこにあるのでしょうか。
それは、認定という国からの客観的な評価を一つの強力な武器として維持しながら、採用と定着による人材確保を確固たるものにし、最終的に企業の業績向上へと繋げていくことです。
どれだけ素晴らしい技術やサービスを持っていても、それを提供する人がいなければ企業は存続できません。新しい人材を採用するコストが高騰し続ける現代において、今いる社員に長く健康に働いてもらう定着の重要性は、かつてないほど高まっています。
身体の不調メカニズムを理解し、現場の痛みを和らげるための物理的な環境を整える。ストレスが脳や内臓に与える影響を可視化し、質の高い睡眠や休息がとれるような働き方へとシフトしていく。そうやって、従業員が身体的な不安を抱えることなく、心身ともに冴え渡る持続力を持った状態で日々の業務に向き合える環境を作る。
こうした環境が整えば、おのずと業務上のミスは減少し、社員の集中力とパフォーマンスは劇的に向上します。そして何より、会社が自分たちの健康と人生を本気で守ろうとしてくれているという実感が、社員の会社に対する深い愛着と信頼を生み出します。
従業員を大切に守り抜くその姿勢と、活気に満ちた職場の雰囲気こそが、求職者を惹きつける最強の採用戦略となります。「この会社なら安心して長く働けそうだ」という確信が、新しい仲間を呼び込み、採用と定着の好循環を生み出していくのです。
理学療法士としての解剖生理学的な知見と、健康経営EXアドバイザーとしての組織マネジメントの視点。この二つの専門性を融合させ、原因と結果をロジカルに結びつけながら、社員一人ひとりに寄り添う体制を作っていくこと。それが、人が辞めない、人が集まる強い組織を作るための最短ルートです。
2026年、健康経営優良法人の認定を受けた皆様。本当の挑戦、そして本当の意味での会社づくりはここから始まります。認定維持を一つの通過点として捉え、社員全員がいきいきと活躍できる最高の職場環境を共に創り上げていきましょう。皆様のさらなる飛躍を心より応援しております。
